『パリ杉並区』が第46回ぴあフィルムフェスティバル コンペティション部門である〈PFFアワード2026〉に入選いたしました。
以下日程のプログラムにて上映されます。ぜひお越しいただけると嬉しいです。
「第46回ぴあフィルムフェスティバル2026」
会場:国立映画アーカイブ
会期:2026年9月18日(金)〜26日(土)
表彰式:9月28日(月)
第46回ぴあフィルムフェスティバル公式サイト https://pff.jp/48th/
PFFアワード2026入選作一覧 https://note.com/piafilmfestival/n/n90fcba307ed4?sub_rt=share_b
---------------------
感無量です。入選を知った日からずっと眠るのが難しいというか、もし明日に目覚めて夢だったらどうしようという不安に苛まれています。これは喜びの誇張というより、私は毎年、PFFに入選する夢を見ては翌朝目覚めてそれが夢だと認識してはゆり戻しのように苦しむという永い年月を経験してきたのです。本当の話。
多くの自主制作映画を作っている監督たちがそうであるように私が最初に知った自主映画の映画祭はぴあフィルムフェスティバルで、最初に憧れ目指したのもぴあフィルムフェスティバルです。
私が映画監督というのを将来の夢においたのは中1の秋ですが、自主制作映画という領域を知ったのは中3の夏です。その日のことはずっと覚えています。映画をたくさん観たりしたい、もっと色々知りたいと思っていても、東京には行けないしお金もないしで、最寄りのレンタルビデオ屋に並ぶVHSやDVDの棚を端から端まで眺め、取り出してパッケージを眺めたりそこに書いてあるあらすじやなんかを一つずつ読んで、カッケエとか思っていました。授業中や休み時間に、ルーズリーフにカッケエと思った映画のタイトルとか映画監督の名前をたくさん書いていました。囲み文字も書けるようになり、色々に工夫して自分で作ったフォントでタイトルやあらすじをただただルーズリーフに書いていました。成績はものすごく悪かったのですが、私はみんなの知らないカッケエ映画のタイトルや監督の名前を知っていました。
そういう日々の中である日レンタルビデオ棚から手に取ったのが『ある朝スウプは』でした。角田光代さんのコメントが静かに付されており、ちょうど『空中庭園』を読んでいたので、あっ角田光代がカッコいいことを書いているぜと思い、今月の一本はこれだみたいな気持ちで、レンタルして、家で観ました。
観ていた時間の一瞬一瞬を私は覚えています。それは内容だけじゃなくて、実家の二階の、テレビのある部屋の、ブラウン管テレビの色や形とか、窓から橙色の光が差し込んでテレビの画面を照らしすぎて少し見えづらくなってる感じとか。
『ある朝スウプは』あまりの衝撃に立ち上がれなくなった私は、それがいわゆる商業的に作られた作品ではなく、つまりはプロでない人が自主制作した映画であるということ、「ぴあフィルムフェスティバル」という名前の映画祭でグランプリを受賞した作品であることを知りました。プロじゃなくても、お金や人員をたくさんかけなくても、面白い脚本を書いて、それを元にして撮影をして、編集、編集ってのはどうやるのかわからないんだけども編集、をすれば、俺がずっと誰にも言えてなかったけど一人でカッケエとか思って教室でコソコソタイトルたくさん書いて学校の人たちにルーズリーフ破かれたりした、あの「映画」ってやつを作れるんだ。作ったら、ぴあフィルムフェスティバルに送ればいいんだ。
20年前の話です。ありふれた、まあ大体みんなそんな感じだろうというような、だけどそれは同じような経験をした誰しもにとってそうであるように、人生の中で一番と言っていいくらいの決定的な出来事でした。そこから、映画を私は作り始める。
『ある朝スウプは』を作ったユニット・群青いろについても調べまくりましたが観られる映画はほとんどなくて、やっぱりタイトルをルーズリーフに書いたり群青いろのHPの作品一覧からあらすじ読んでオモロそー!やべー!と思ったり、『むすんでひらいて』っていう新作が出たらしいぞ!東京フィルメックスで公開だって!なんだそれ!と興奮したり、掲示板に「群青いろの読み方はぐんじょいろですかぐんじょういろですか?」と書き込んでみたりしました。これはすごく勇気がいった。
ぴあフィルムフェスティバルにはHPにこれまでの全ての入選作品がリストになっています。私は全ての作品のタイトルをルーズリーフに書いてカッケエとため息をついていました。(ちなみに、私が今でも思い出せる当時強烈に鮮烈に感じたタイトルは『きままちゃんはあんたたちじゃないからのぼるのぼる』、『トロイの欲情』『さよなら さようなら』)。
高校に入って家から少し離れた、塾の最寄りのレンタルビデオ屋で「PFFアワードセレクション」2024〜2025の、全てではないのですが多くのDVDを見つけた時はワーッと店内で興奮し、あるやつは少しずつ、全部借りました。群青いろの『さよなら さようなら』あるじゃん!!とか興奮したなあ。観た中で私がすっごく好きだったのは『さよなら さようなら』『BANBI❤︎BONE』『トロイの欲情』『新ここからの景』『382』とかだったなあ。でも本当に全部最高だった。そこにはこれまでの映画に観たことのない景色があって、物語があって、すごいすごいよ俺もやりたい、俺もいつかここに仲間に入れてもらいたい。そんなふうに夢を見ました。語らうことのできる友達は少なかったけど、でも周りにも「俺はいつかPFFに入って映画監督になるんだ」と言えるようになった。もうなんか、いろんなこと全部関係ねえやと思えるようになったから。脚本っていうのをちゃんと書いて、映画をちゃんと自主的に作り始めたのは高2でした。当時はDVテープで、編集とかもPC持ってなかったから、NGでるとテープを巻き戻して重ね録りするしか無かった。文化祭で上映して、お客さんは本当に全然いなかったけど、教室のスクリーンに自分の映画が映ったから映画監督みたいだ俺と思ったりもしました。
2015年から、毎年必ずでもないんだけど、PFFに応募を始めて、毎年一次選考も通れなくて、「シブヤ君は映画より演劇の方がおもろいよね」と言われるたびに苦しかった。演劇は、大学がそういう学科だったから作ってみたりしたけど「まあ門外漢だから」という気持ちだったのであって、俺は映画がやりたくて、でも映画を作るにあたってはものすごく緊張していたから。毎回毎回。
2018年に友達に、映画の見方みたいなものの一つの形を教えてもらって、世界が全部変わる感じがまたあって、今までもそうだったけどもう一回、ここからは生活の全部の時間を映画のためにぶち込もうと思って自分の脳みそを改造し始めた。それは映画をたくさん観ようというのもあるけどもっと、どんな瞬間でも脳みその20パー以上は映画のためにリソースを割こうみたいな意味。映画を一本観るにつけても脳が焼き切れるくらいの意気込みで1カットずつを捉えようみたいなこと。才能っていうのは多分期待できないから。才能あったら二十代までにデビューしてるはずだから。まず目に見えないし。そもそもあるかないかわかんないし。だからといって諦められないので。とにかく全ベットするしかない。
その頃から今に至るまで最も勉強したのは古厩智之監督の作品でした。今でも自分の理想の映画のナラティブというのは古厩智之監督の語り方で繋ぎ方。まだ全然背中が見えないけど。心がへこたれそうになる時だけ観るのは堀禎一監督の作品でした。決して届かない虹だ、と今でも思っています。観るたび果てしねえよと思います。
少しずつ本当に少しずつですが、映画祭で入選だとか入賞だとかの経験を得て、それでもやっぱりいつまでもPFFは1次通過すらできませんでした。何年か前のある夜、友人に「ぴあは無理なんじゃないですか。向いてないんじゃないですか」という言葉を言われたことがあり、それがその年も一次落選した私への「ぴあにこだわらなくてもいいんじゃないですか」という励ましなのは重々承知している上で、私は本当にあと少しで泣いてしまうところだった。なんでそんなこと言えるんだろうと思った。「君はPFFの何を知ってるんだ、応募要綱のどこにそんな規約が書いてあるんだ」とは言って、だけど一人になってすごく泣いた。自分はダメかもしれないということじゃなくて、あのルーズリーフをずっと埋めてただけの自分を否定された気がしたから。
その少し後に、別の友達、映画をやってる数少ない友達と、今年もPFFはダメだったけど、また頑張るという話をした時に、「プロになるならないじゃないですよね。私たちにとってぴあは夢ですからね」と言ってもらった時。私はとっくに大人だったからね、多分泣いてはいないけど、その言葉はずっと覚えてるしその時の景色も全部全部覚えている。大切な友達はたくさんいるけど、私が自分と同じようにPFFを想っているんだと思えるの特別なのはその人しかいない。ぴあフィルムフェスティバルという映画祭は、私たち、それは本当に何百何千何万人いる〈私たち〉の夢で、初恋の人だ。
私は20年前に恋に落ちて、11年前からラブレターを書き始めました。何回書いても振り向いてもらえなくて、その間に、友達が入選したりして、どうしてもおめでとうが言えなかった。悔しいとも違うんだけど、ぴあだけはもう、本当に恋だから。ずっと劣等感あった。これは自分だけの問題です。
今年、ラブレターに返事が来て、そこには、あの、あの、初恋の人の文字で「一回デートしよっか」と書いてあって、だから私はその日から眠れないでいる。ずっと夢だったPFFへの入選が、今年も夢でしかなかったのだったらどうしようと本気で心配している。
今、ルーズリーフを束から一枚取り出して、「ぴあフィルムフェスティバル」と書いてみる。とっくに大人になってるけれど、20年前とおんなじ字をしている。
0 件のコメント:
コメントを投稿