山河図
2025/05/06
同人誌「三月倶楽部」創刊号
2025/03/03
『金曜日から』の思い出
『金曜日から』初演の稽古期間おそらく終盤頃だったかにタクシーで菊地穂波さんと相席して家路についた日がある。徒歩に強い価値を見いだし、のちに〈夜風派〉と名乗りすら挙げる我々であるから、帰途にあたりタクシー乗車を選んだことから顧みれば私どもの他にも何人かがいたんじゃないかと推測するが思い出せない。
暗い車内で私たちがどんな話をしたのかというのも記憶に鮮明ではない。私は初演において〈夫〉という役を任されたのだが、二場の終わりに見せ場を持つ夫とその妻である〈田辺さん〉の家庭内での関係性について、というのを、当の二場終わりの台詞のいちいちをあらためながら意見した。具体的にどんなことを意見したのかについては思い出せない。あの頃はまだ新型コロナウイルスへの警戒濃く残る時世であったから、ただでさえ暗い車内のなかでともにマスクをした私たちの表情は稽古疲れの残滓もあいまってその心情を読み取るに難く、私が、もしくは穂波さんが、どんなことを考えていたのかは分からない。
『金曜日から』初演は当初の二〇二一年五月の公演予定がたしか新型コロナウイルスの影響で延期の憂き目に遭い、夏の『午睡荘園』を挟んで同年一二月にようやく上演された。主に台詞なんて覚えられるわけないだろという理由から普段俳優なんてしない私が穂波さんから「自分の企画公演に出演してほしい」と言われた際に「台詞覚えられないんだからできるわけないだろ」とグスり続けたにも関わらず懐柔されてしまった経緯を私は思い出せない。たしか出演にあたり、幾つか条件を出したと思う。それはたとえば〈自分以外に演劇未経験者を複数出す〉とか〈二〇二一年三月までに初稿を書き上げる〉とかだった気がするのだけど、顧みればそのどれも果たされていないのでじゃあどうして出演することになったのかというのがやっぱり思い出せない。ただ、〈組織集団と個人〉というテーマに発して姉妹作品のような『午睡荘園』と『金曜日から』を書くにあたり、穂波さんは私のグズリを突破するだけの熱量を持っていたということか。
夏の『午睡荘園』本番前日、私と穂波さんはバスで家路についたのだが、ゲネプロおよびその撮影の疲れを市営の鉄製揺籠で癒やすようにして、ともども眠ってしまった。目が覚めると終点で、揺籠は私たちが降りるべき駅を通過していた。仮眠でいくぶんか元気になったのと、スマホの地図で現在地をあらためれば家までの道程はほぼ直進で済むということがわかったのもあり、夏夜の一時間弱を私たちは歩いた。どんなことを話したのかは思い出せない。
あれから四年の経つあいだ、呑んだ帰りに夜道を連れだって歩く時々に穂波さんがあの頃の話を出すことがある。そんなときの穂波さんは大人が子どもの頃を懐かしむというよりもむしろ小さい子ども自身がてのひらにつつんだ宝物をひらいて見せてくれるときのような印象を私に与える。
このたびの年の暮れだったか明けだったかにもこの話があった。ついで穂波さんは『金曜日から』再演にあたり、初演を再上演するというのでは意味がない、かつての公演とこんどの公演のどちらにも失礼のないかたちにしたいということ、そのために且つそれゆえに難儀しているというようなことを言った。
「再演だからって楽できるわけじゃなかったですねえ」
〈懐かしむ〉というのはなんて甘美な誘いか。かつて起きた出来事のいちいちをたしかめ、愛で、まるで現在のなかで過去を生きるということは。
だけど私はいま「思い出」という言葉をこの文章の題に冠しながら、かつての出来事が思い出せないということばかりを思い出している。そして不思議なことに、この形骸化された思い出バナシを私はなぜだか悪しからず感じる。私たちの〈かつての出来事〉は、内容こそ忘れてしまったけど私にとっても宝物だ。それは私のてのひらにつつまれながら指のすき間から夜道を照らしている。
おそらくは懐かしさのともなわないかたちで上演されるこのたびの『金曜日から』が一体どんな作品なのか、思い出すどころかまだ知らない私は、それでもとってもとっても楽しみ。また酒呑んで歩こう。
排気口公演『金曜日から』
出演|佐藤暉 中村ボリ 坂本ヤマト 桂弘 神愛莉 大久保佑南 宮地あゆみ 関谷芙雪 丑三宙 安藤るい 成瀬清春
作・演出|菊地穂波
日時| 2025年3月
5日19:30/6日15:00 19:30/7日15:00 19:30/8日15:00 19:30/9日13:00 17:30
料金|予約3500円/当日4000円
会場|千本桜ホール
2024/12/22
『狂骨』〜監督より恋人たちへ〜
山河図の新作『狂骨』がようやくなんとか完成し、俳優部に観ていただいたところ、「一人で観ない方がいいんじゃないですか」とのお声をいただいた。
私もそう思う!というのも、『狂骨』は恋人たちに観てほしい映画だからだ!
『狂骨』はクリスマスイブに公開ということで、私としては是非とも恋人のみなさんに手を取り合いながら観てほしいものだなぁと思っておるわけです。わざわざクリスマスイブ17時に公開するのはそういう意味です。
前作『蠱毒』は〈恋するすべての人たちへ〉と、たしか書いたけど、『狂骨』はさらに、互いを大切に想い合う恋人たちへあてている。
なんかさぁー、学生カップルとかがさぁー、クリスマスイブ、もちろんデートしようってなるんだけど、どこも満席だし、イルミネーションは人混みだし、お金もないし、「どうしよっか……」ってなる。
そんな時、どちらが言い出すのでもいいけれど、「あっ、そういえば今日、YouTubeでなんか映画が公開されるんだって」と、どこから聞きつけたのか分からないけど『狂骨』を観る。
もしくは。
なんとなくだらだらYouTubeを観ていたらおすすめ動画とかに『狂骨』があって、なんとなく二人で観ることになる。
もしくは。
『蠱毒』の時に山河図をチャンネル登録してて、公開の通知がきて、なんとなく二人で観ることになる。
──いやぁ、良いじゃないですか。ねぇ?なんて美しいんでしょうね。もちろん片耳イヤホンでね。いやぁ!!良いねぇ!!ヒューヒューだねぇ。
「なんかさ、ホラー映画って書いてあったけどさ……恋の映画だと思ったな……」
「うん、思った……」
「こんな恋もあるんだね」
「だね……」
こないだ同じ店で買った別々の手袋が、いつのまにか繋がれているんだ。なんとなく、視線を合わせづらい。映画はまだ終わってない。
エンドクレジットが終わってイヤホンを外すと、街では安いクリスマスソングが流れている。俺には聞こえるけどね。だけど2人の耳には聞こえてない。昨日も明日とおんなじはずの街のチカチカした光が、今日は特別に綺麗に見える。俺には昨日も明日もおんなじに見えるけどね。だけど2人にとっては、まるで今夜2人のためだけに演出されたように感ぜられる。
この映画のキャッチコピーは、「あなたにここにいてほしい」とした。映画を観れば意味はわかるけど、2人もそのことをふっと思い出すのかな。思い出す必要ないか。いるもんね。いま、ここに。
ふふ……いいね。そうなったらいいな。一応ホラーだけど、まぁなんというか、かなりラブリーな映画にしておいたよ。今回は策謀とかもないし、誰かをハメるようなキャラも出してないよ。全員素直で、全員ピュアさ。それも全部、貴方たちのためさ。ふふ……良いデートのお手伝いは出来たかな。楽しんでくれたら嬉しいな。メリークリスマス!
2024/11/18
『蠱毒』KADOKAWA第3回日本ホラー映画大賞
2024/11/08
『蠱毒』日本芸術センター 第16回映像グランプリ2024
2024/09/30
ラジオドラマ『未来へ投げキッス』
2024/08/02
「BRUTUS」“もっと怖いもの見たさ。”
現在発売中のBRUTUS最新号“もっと怖いもの見たさ。”に小さく小さく『蠱毒』の名前も掲載されています。全国書店にて発売中!探してみてください!