2021/09/30

安川日記 21.8~9

8月♧日
たま〜〜に猫カフェに行くのだけど、
とうとう忘れられないお猫様に出会ってしまった

会いたくて会いたくて仕方ないし、
たくさん会いにいったら、
引退の歳になったらお迎えできるのか、
そういう制度はあるのか、調べてしまった

花魁を身請けしようとする男たち、
の気持ちをオモウ…


8月♡日

駅のホームで
「陰キャ」
って書いてあるTシャツを着た人とすれ違い
思わず目を逸らしてしまった

なんであのとき逸らしたんだろう
逸らして、しまったんだろう

写真はお昼に食べた
スリランカカレーのお品書き
ここから想像できるかな

9月♢日

髪の毛をオレンジ色にしたい
明るい色にしたことは一度もないし
その欲求もこれまでそれほどなかったけど

今ならやれる
ってわたしの中のハムレットが言ってくる

と、思ったらどうやら同じ欲求を抱えている人たちが多くいるみたい。そして実行している。ツイッター情報です。

みんな、鬱屈としているのだ

9月♤日

ブログ、20歳前後のときは
息をするように書いていたのに

なんだか恥ずかしくなって書かなくなり
久々にこうしてやってみたら

ほんとうに全然書けなくなっててびっくりしてる

いまはなんとなくでもメモするのを優先してるけど
にしたってもうちょっと中身があることを
書けてた気がするんだけどなあ

単に美化されているだけだろうか

わたしは小学生の頃水泳教室に通っていて
学校のプールの授業じゃクラスで2番目に
タイムが早かったのだけど

去年の夏ふと思い立って市民プールに泳ぎにいったら
25m 泳ぎきるのがほんとうにいっぱいいっぱいでびっくりした

昔とった杵柄、とは

継続は力なり

2021/09/24

山河図のロゴ/シンボルマーク

山河図のロゴおよびシンボルマークが完成しました。
どちらのデザインも詩人・デザイナーである福西想人(夕立コンパイル)によるものです。

山河図という屋号を構えるにあたり、ロゴのデザインは私がかねてからもっとも信頼を寄せている福西さんにと依頼したところ、快く引き受けてくださり、深い理解のもと素晴らしいデザインを作っていただきました。福西さん、あらためてありがとうございます。



山河図ロゴ(w/b)




山河図シンボルマーク(w/b)


デザイン:福西想人(夕立コンパイル)

2021/09/06

山河図

「これより我ら小隊は名を"山河図"と改め行動する━━」

山河図(sangazu)


シャーレ、めのん、体にやさしいパンクを擁する…なんというか……総体である。

語句の元ネタは2つある。1つは封神演義に登場する"山河社稷図(さんがしゃしょくず)"であるが、まぁ別に関連はしない。ひびきである。
2つ目は小椋佳の「山河」である。
説明なく以下に歌詞を抜粋する。

「顧みて 恥じることない 足跡を
 山に 残したろうか
 永遠の 水面の光 増す夢を
 河に浮かべたろうか
 愛する人の瞳に 愛する人の瞳に
 俺の山河は美しいかと 美しいかと」

俺もマジでそう思う。

・山河とは自然を意味する。
我々は、映像を「ありのままの現実の記録」と捉える。山河という語には"ありのまま"であること、"自然"であることの意を込めている。それを写しとったものが山河図である。

・また、"図"は、文字通りの図式という意味もありながら、ハカるという意味もある。
絵にしろ写真にせよ、語句を選び取られて形作られるテキストにせよ、枠/図/フレームの中に収めるということには何がしかの"図り"が存在する。

・"山河図"という言葉は、そんな一見相反するような意味も汲み取ることができる。のではないですか!?



2021/07/25

排気口『午睡荘園』予告篇

「三十九祭」参加作品である排気口の演劇作品『午睡荘園』の予告篇をシャーレが製作しました。

こちらです!

三十九祭参加作品

日時|2021年7月29日〜8月1日
料金|来場 3,500円 配信 2,500円
会場|アルネ543
出演|佐藤あきら 中村ボリ 坂本ヤマト 水野谷みき ケンタウロス骨 松田顕生 東雲しの 長谷川まる 森下さゆり
作・演出|菊地穂波
製作|排気口

【予告篇】
出演|倉里晴 平岡唯君
歌唱|森下さゆり
監督・脚本|澁谷桂一
製作|シャーレ


ご予約はこちら


2021/06/17

惡の華

変態なんかじゃない━━"変態じゃなくなる"ではなく"変態じゃなかった"ということ、それは観客が最初からずっと分かっていたことだと思うけど、春日くん自身が(なにかを手放す感覚を持ちながら)実感する映画ということだろう。「自身が実感する」ことこそが"成長する"ということであるし、思春期を描くというのはそれを撮るということだ。と思う。

2021/06/13

劇団きのこ牛乳「はらたけ科」Bプログラム『珍しくよく喋ったり哀しいことも起こってないよ』

私はたしか2018年、2017年か?2018年のような気がする、2018年ということにしよう。2018年だ。2018年にきのこ牛乳のオムニバス公演を観て、とても面白く思った。たしか2回行った。それはたしか2回観なよと言われたというのもある。ともかく2回観ている。
それ以来観に行ってなかったが、今回は菊地穂波さんが新作の脚本を提供した作品があるというので、私は彼のファンであるので、面白かったよなきのこ牛乳とか思いながらひさしぶりに観劇した。
ここまで書いていて、この文章を書くことが全然気乗りしないしなんかもうめんどくさいという気持ちが濃くなってきた。まだこんなに序盤なのに。
Bプログラムに行ったので二本立てのそのどちらもについて書こうかなと思っていたが、ダメだ。全然書いていて楽しくない。とりあえず穂波さんが書いた「珍しく〜」の方だけにとどめる。
私は穂波さんとはダチンコだが、ダチンコであることは全く関係なく菊地穂波のファンでもある。ときどき書いたり言ったりするが、菊地穂波の作品を目にする度に「演劇をやっていたら心が折れて辞めてしまうだろう」と思う。面白くて。それに、「珍しく〜」を書いた頃の穂波さんとは多分まだ出会ってなくて、だから“ダチンコである穂波さん”ではなく純然たる“菊地穂波”であるとも言える。
前置きは終わりにして感想に入るが端的に言って最悪だった。もう2度とこんな体験をしたくないしもしも私が菊地穂波の立場で、つまりあんなふうに自分の書いた脚本を扱われたのならたちまち大猿になって暴れてしまうだろう。脚本は面白かった。脚本は面白いのに(脚本を読解しそれを俳優の身体を通して伝えることを一旦“演出”とすると)演出が最悪だった。もしかすると面白く観劇した方もいるのかもしれないのでそういう方の感想を否定したくはないという理由から具体的な箇所を言及するのはやめといてやるが、絶対にこういうト書きや指示は菊地穂波は書かないであろう箇所が今パッと思い出すだけでも二箇所ある。わかるだろ。観た人なら。作った人なら。なんであんなことをするんだ。どうしてあんなに、作家というものに、もっと言えば“テキスト”というものに、一切の敬意を払わずに“演出”なんて行為を行えるんだ。アレンジをすることや改変をすることそれ自体を否定しているわけではない。そういうものはテキストに対する 抽象的に言えば敬意/具体的に言えば読解 を前提にしていると言っている。それが致命的に欠如していると言っているんだ。「敬意も払ってるし読解もしている」と言うなら重傷で、やったつもりでも結果として出来てないからもう2度と他人を巻き込んで悲しみの絨毯爆撃みたいなことはしない方がいいっていうかするな。
菊地穂波さん自身が観劇した上で、私が論うような怒りと悲しみの混合液みたいな感情を微塵も感じていなくて、「面白かった!」「私のテキストを輝かせてくれてありがとう」と心から思えるなら私は菊地穂波への信頼を、失うとまでは言わずともその多くを欠かしてしまうかもしれない。言い換えれば、そんなこと絶対にあり得ないくらい最悪だったといってるんだ。
実際にキレるかどうかはわからないけど多分キレないだろう。原稿料を貰ってシナリオを書くというのは、仕事というのは、きっとそういうものだから。脚本に対する対価を貰っている以上、仕方ない。権利がないかもしれない。チケット代をきっちり払ってよかった。チケット代を払うということは私が「客である」つまりこういう事を書く権利があるということだ。ちなみに野暮な事を申し上げると、「金を返せ」とか「菊地氏に謝れ!」とかは思わない。当たり前だがそういうことではない。面白い脚本を稚拙な演出をして最悪になった演劇を観て最悪な気持ちになった。それだけだ。ネガキャンではない。感想文である。ご了承頂けることを願う。




追記:
当エントリーはめのんが「ゴテンバサノバザール」という企画をしている(そして現在♯2を現状開催している)という事に多いに起因している。"自分のテキストを他人に託す"という企画であるが、"他人のテキストに取り組む"という企画に参加者の全員が応答をしてくれたという強い実感と感動があった。そういう実感と感動を受けた身として、そこに反する(と感じてしまった)作品を観た自分が無言ないし看過することは矜持として出来なかった。これはゴテンバサノバザール参加者・そして視聴してくださっている皆さんへの私信である。

2021/05/22

シャーレ新作映画&ティザー映像 出演者募集

① 2021年夏に催される演劇祭「三十九祭」にて発表される排気口新作演劇のスピンオフ企画として澁谷桂一監督・脚本の映画をシャーレが製作します。
② 2021年末上演予定の排気口菊地穂波個人企画公演「金曜日から」のティザームービーも澁谷が監督いたします。

上記①と②の出演者募集が始まりました。
※どちらの募集も、演劇作品への出演ではございませんのでご注意下さい。




『ミラキュラスウィークエンド・エセ(仮)』
企画・原案 菊地穂波
監督・脚本 澁谷桂一
製作 シャーレ



『金曜日から』
作・演出 菊地穂波
映像監督 澁谷桂一


≪排気口≫
2011年、作・演出の菊地穂波を中心に和光大学にて旗違げ。「死」を作品の主題とし、さまざまな傷をかかえた人物たちを、想像力に希望を懸けたリリカルなストーリーと、その随所にちりばめた多層約な言葉のおかしみによって描きだす。
誰しもが思い当たる人間の悲哀と、どうしようもなくくだらないユーモアが、舞台上であぎやかに結びつくとき、悪いがけない生の煙きが誕生する。