2023/08/11

静谷静一「点滅症〜そのメカニズムについて〜」より抜粋

「点滅症」という奇病について


1.前提

1-1.明在系と暗在系

「明在系」および「暗在系」は、物理学者デヴィッド・ボーム(David Borm)によって『全体性と内部秩序』("Wholeness and Implicate Order")の中で提唱された考え方である。

ボームは同著の中で以下のように述べている。

われわれが五感を通じて知る世界は、いろいろな事物に分割され、部分化されているが、それらのものは暗在系に対する、明在系であり、明在系においては、外的に個別化され無関係に存在しているような事物は、実は暗在系においては、全き存在として、全一的に、しかも動きをもって存在している。」(訳:河合隼雄)


この世界は「明在系」と「暗在系」つまり視覚・聴覚といった五感で認識することのできる”視える世界”と、紫外線や超音波などに代表される”視えない世界”の二つに分けられる、ということである。(便宜的に”視える”という表現をしたが、”聞こえる”でも同様。感覚で認識できないという意味)

 視覚的なイメージで説明するならば、庭にチューリップの花が咲いているとき、その根元、土の下には視認できなくともチューリップの球根が存在する。このとき、我々が認識できるチューリップの茎や花弁は「明在系」に、球根は「暗在系」に属するとイメージするとわかりやすいかもしれない。(しかしこれはあくまでも構造をイメージしやすくする例であり、根元を掘り返せば球根は視認できるため、実際には明在系に属する。)



1-2.因果性と共時性

河合隼雄は『宗教と科学の接点』の中で以下のように述べている。

「自然現象は、その背景において、共時性の発生に関与する霊的(心の発生源的)な領域(ボームの言葉を借りれば「暗在系」)を共有していると考えられます。そして、とくに科学的な論理・法則によって割り切れる物理的な領域が因果性であり、科学的な論理・法則だけでは全貌をつかみきれない領域が共時性ではないかと考えます。」



共時性(共時性現象=シンクロニシティー=偶然の一致)は、心の深層部(「無意識層(潜在意識)」や魂と言われるもの)において発生し、スイスの精神科医・ユングなどによって研究された現象である。

ユングは『自然現象と心の構造』の中で、以下の様に述べている。

ある同一あるいは同様の意味をもっている二つあるいはそれ以上の因果的には関係のない事象の、時間における偶然の一致という特別な意味において、共時性という一般的概念を用いているのである。したがって、共時性は、ある一定の心の状態がそのときの主体の状態に意味深く対応するように見える一つあるいはそれ以上の外的事象と同時的に生起することを意味する。

つまり、ある心の状態、それと意味が一致する物的事象が同時的におきるということである。次に、同書から具体例を挙げた部分を抜粋する。

私が治療していたある若い婦人は、決定的な時期に、自分が黄金の神聖甲虫を与えられる夢を見た。彼女が私にこの夢を話している間、私は閉じた窓に背を向けて坐っていた。突然、私の後ろで、やさしくトントンとたたく音が聞こえた。振り返ると、飛んでいる一匹の虫が、外から窓ガラスをノックしているのである。私は窓を開けて、その虫が入ってくるのを宙でつかまえた。それは、私たちの緯度帯で見つかるもののうちで、神聖甲虫に最も相似している虫で、神聖甲虫状の甲虫であり、どこにでもいるハナムグリの類の黄金虫であったが、通常の習性とは打って変わって、明らかにこの特別の時点では、暗い部屋に入りたがっていたのである。

”ある女性”が見た”自分が黄金の神聖甲虫を与えられる夢”は心的事象である。

また 「彼女が私にこの夢を話している間、・・・明らかにこの特別の時点では、暗い部屋に入りたがっていたのである。」の一説で述べられた事象は、女性が夢の話をしている間に起きた物的事象である。

この例を見てもわかるように、ユングが定義した「二つあるいはそれ以上の因果的には関係のない事象」は、(物的事象が二つ以上同時におきることもあるが)まず前提として、常に心的事象と物的事象が対になっていることを指している。さきほどの定義にあるように、ユングは、この例の場合、心的事象(夢)と物的事象(昆虫の出現)が、因果的に関係ないと述べているのだ。


この章の冒頭で引用した河合隼雄の文章は、ことばの上では対立的もしくは並列的な印象のある因果性(ある原因がそれに対する結果としてあらわれるような性質)と共時性の関係について、ユングの考えに反した姿勢を示している。科学が一般的に「因果性がある」と認めているものごとの性質は、先の例で言えば「チューリップの茎や花弁」のようなものであり、私たちが認識していないところに、あらゆる現象の背景があるのではないか、というものである。つまり、因果性と共時性は併立するということだ。


2.点滅症

点滅症(Half Ghost syndrome)は自己の身体が他者の五感で認識できなくなる疾患、またはその疾が発症する症状の総称であり、本間血腫、先天性R型脳梁変成症などと並び世界三大奇病とよばれる。(三大奇病については諸説ある)

点滅症が世界ではじめて報告された症例は1870年のことであり、現在までに2万人程度の症例があるとされるが、遺伝もせず症因も判明しないことに加え、その特異な症状ゆえ治療法が見つかっておらず、また、点滅症を発症しても本人が症状に気づかないまま自然治癒することがある。


2-1.症状

点滅症最大の特徴は「他者が患者を認識できなくなる」という点にある。しかしその症状の持続時間は症例によりまちまちであり、またそれは”消滅”とは異なるとされ、他者が認識できない(=消えている)間も、患者が物理的に消えて無くなっているわけではない。


点滅症による身体への肉体的苦痛・状態異常はほぼないとされている。このため、点滅症を”病症”ではなく”現象”にカテゴライズするべきではないかという声もあるが、点滅症は伝染することがあると言われており、明確な根拠は認められていないものの、この点を”病症”の論拠とする医師は多い。しかしながら、伝染の媒介も発見されてはいない。


点滅症が奇病であり、また、明確な治療方法が発見できない大きな理由は、患者の症状が自己認識ではなく、他者に影響することで確認される点であろう。

つまり、たとえば無人島で点滅症を発症したとしても、患者自身は症状に気づかないことがある。




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